六代乞請(ろくだいこいうけ)|平家物語巻十二・平曲|演奏動画と解説

平家物語六代乞請

『六代乞請』あらすじ

壇ノ浦の戦いののち、平家は滅亡した。
鎌倉殿の命を受けた北条四郎時政は、平家の男子を一人残らず捕らえるよう命じる。報酬を目当てに京の人々は平家の子孫を探し回り、次々に平家の子どもたちが捕らえられていったが、平家の正統な後継者である小松三位中将維盛の若君、六代御前(平高清)だけは、その所在が明らかにならなかった。やがて六代御前の潜伏先が女房の密告によって知られ、北条はただちにその場所を包囲して六代御前を捕らえる。

乳母は高雄に住む聖・文覚を訪ね、六代御前を救い弟子として育ててほしいと願い出た。文覚は六波羅に赴き、六代御前の姿を目の当たりにすると、この若君を失ってはならないと強く心を動かされる。そして北条に二十日の猶予を願い出た。北条はその熱意と、文覚と鎌倉殿との深い因縁を思い申し出を許す。しかし二十日を過ぎても文覚は戻らず、北条は六代御前を連れて東国へ下ることとなる。一行はやがて、千本松原へとさしかかったのであった。

平曲『六代乞請』の結末については、平家物語現代語訳のページで紹介しています。
平家物語「六代乞請」現代語訳はこちら

演奏動画|平曲「六代乞請」

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本動画は会場で収録された音声をそのまま使用しています。
字幕は譜面および諸本の表記を参考に作成しており、一部表記に揺れがあります。

作品情報
文化記録映像制作事業|平家物語巻第十二・平曲「六代乞請」
時間:30分09秒(平曲 08:00~)
撮影:2026年2月26日
会場:Artspace入サ岩﨑商店
演奏:盛典
主催:琵琶行舎
後援:沼津市教育委員会

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平家物語六代乞請

千本松原・六代松の碑

六代御前は平家滅亡後に捕らえられ、東国へ送られる途中、駿河国の千本松原に至ったと伝えられています。平家物語では、この地で六代御前の命が奪われようとする場面が語られます。現在の沼津市東間門(東間門区共同墓地)には、この伝承に由来する「六代松碑」が建てられています。

平家物語六代乞請

平家物語について

『平家物語』は、平家滅亡後に各地で編纂が重ねられ、成立事情には諸説があり、複数の異本が伝わります。一説では、慈鎮和尚(慈円)のもとにいた藤原行長の名が見えます。行長が盲目の僧・生仏に物語を声明に合わせて語らせたことが始まりとされ、そこに僧侶や関係者の伝承が重なり、さまざまな人物が各地で語り広めたことが、語りものとしての『平家物語』の源流と伝えられています。

平家物語六代乞請

平曲について

平曲は、平家琵琶の伴奏で『平家物語』を語る古典芸能です。鎌倉時代以降、盲目の琵琶法師たちによって口伝で受け継がれ、時代背景やさまざまな要因を経て墨譜が整えられました。全国の研究者や伝承会、奏者たちの手によって現代まで命脈が保たれ、調絃や語り方にも多様な形が見られます。盛典は、言語学者・金田一春彦氏の口伝と研究資料を継承する薩摩琵琶・平家琵琶奏者、須田誠舟氏に師事しています。


平家物語六代乞請

インスタレーション(空間展示)

2025年8月にArtspace入サ岩﨑商店で行ったインスタレーション×パフォーマンス「終わりの六代」のセットから紅白の紐を抽出して配置しています。平家の赤と源氏の白、平家物語の巻を結ぶ紐であり、境目・境界を示しています。

インスタレーション×パフォーマンス「終わりの六代」
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