「SAKARO25」インスタレーションノート

SAKARO25|SAKAI-03 TAGGING
語りの声は、文字に現れてこの世を漂う。
言葉の痕跡=Traces of Voicesを可視化したインスタレーション。

『SAKARO25|SAKAI-03 TAGGING』(2025)
盛典のインスタレーション・スタイル―SAKAI「境」。03シリーズでは、平家物語に登場する人物や印象的な場面を、文字で描いています。『坂櫓』は、平家物語巻第十一に収められた物語。このインスタレーションでは、義経が舟の漕ぎ手たちに出発を迫り、荒れ狂う海へと乗り出していく後半の場面を取り上げました。
無機質で現代的なビニールに、義経や水主たちの声をマーカーで書き表す。この筆跡は、平曲の節を映すと同時に、私自身の呼吸や間の記録でもあります。声から文字へ、過去から今へ。時を越えて交わる音の軌跡。今後もさまざまな登場人物たちと対話を重ねていきたいと思います。
TAGGING(タギング)について
タギングとは、もともとストリートアートの文脈で使われる言葉で、自らのサインや文字を描く行為を指します。速い筆致や即興性、身体の動きがそのまま痕跡として残る表現です。一方で、デジタルの領域では「情報にタグを付ける」「分類する」といった用法もあります。ここでは、その“刻む”という感覚を拡張し、平家物語の語りや声を、文字として空間に刻む行為として扱っています。


文字(左側)
判官、舟共の修理して新しうなりたるに各一種一瓶して祝ひ給へとて、とかく営む体にもてなして舟に兵糧米積み物具入れ馬共立てさせ舟疾う疾う仕れと宣へば水主梶取共、これは順風にては候へども普通にては少し過ぎて候ふ、沖はさぞ吹いて候ふらんと申しければ、判官大きに怒つて沖に出で浮かうだる舟の風強ければとて留まるべきか、野山の末にて死に海川に溺れて死ぬるも皆これ前世の宿業なり。舟疾う疾う仕れ仕らずばしやつ原一々に射殺せ者共と下知したまひける。
文字(右側)
沖に出で浮かうだる舟の風強ければとて留まるべきか、野山の末にて死に海川に溺れて死ぬるも皆これ前世の宿業なり。向かひ風に渡らんと云はばこそ義経が僻事ならめ。順風なるが少し強ければとてこれほどの御大事に舟仕らじとはいかでか申すぞ、舟疾う疾う仕れ仕らずばしやつ原一々に射殺せ者共と下知したまひける。

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 制作時期 | 2025年10月 |
| タイトル | SAKARO25 |
| シリーズ | SAKAI-03 TAGGING |
| コンセプト | 言葉の痕跡=Traces of Voices ビニールに平家物語をタギングし、声の痕跡や物語の軌跡を空間に刻む。 |
| 素材 | ポリエチレンシート・油性マーカー |
| 制作・演出 | 盛典(文字・インスタレーション・撮影) |
| 語り | 盛典・雷伝(平家琵琶) |
坂櫓(SAKARO)|平家琵琶で聞く平家物語×インスタレーション
時間|13分39秒
平家物語|巻第十一「坂櫓」
収録時の環境音を一部、そのままにしています。「あちら」と「こちら」の重なりをお楽しみください。
詞章
判官、舟共の修理して新しうなりたるに各一種一瓶して祝ひ給へとて、とかく営む体にもてなして舟に兵糧米積み物具入れ馬共立てさせ舟疾う疾う仕れと宣へば水主梶取共、これは順風にては候へども普通にては少し過ぎて候ふ、沖はさぞ吹いて候ふらんと申しければ、判官大きに怒つて沖に出で浮かうだる舟の風強ければとて留まるべきか、野山の末にて死に海川に溺れて死ぬるも皆これ前世の宿業なり。向かひ風に渡らんと云はばこそ義経が僻事ならめ。順風なるが少し強ければとてこれほどの御大事に舟仕らじとはいかでか申すぞ、舟疾う疾う仕れ仕らずばしやつ原一々に射殺せ者共と下知したまひける。
承り候ふとて、奥州佐藤三郎兵衛嗣信、同じき四郎兵衛忠信、江田源三、熊井太郎、武蔵坊弁慶なんどいふ一人当千の兵共片手矢矧げて、御諚であるぞ舟疾う疾う仕れ仕らずばしやつ原一々に射殺さんとて馳せ廻る間、水主梶取共ここにて射殺されんも同じ事風強くは沖にて馳せ死ねや者共とて二百余艘が中よりただ五艘出でてぞ走りける。五艘の舟と申すはまづ判官の舟、田代冠者の舟、後藤兵衛父子、金子兄弟、淀の江内忠俊とて舟奉行の乗つたる舟なり。残りの舟は梶原に恐るるか風に恐づるかして出でざりけり。
判官人の出でねばとて留まるべきか、ただの時は敵も恐れて用心してんず。かやうの大風大波に思ひも寄らぬ所へ寄せてこそ思ふ敵をば討たんずれとぞ宣ひける。残りの舟には篝など燃ひそ、義経が舟を本舟として艫舳の篝を守れや、火数多う見えば敵も恐れて用心してんずとて走るほどに、その間三日に渡る所をただ三時ばかりにぞ走りける。二月十六日の丑の刻に摂津国渡辺福島を出でて、明くる卯の刻には阿波の地へこそ吹き着けたれ。
