平清盛｜平家物語巻第六『祇園女御』現代語訳あらすじ

平曲｜祇園女御（ぎおんにょうご）

時間｜５分０６秒
物語｜平家物語巻第六『祇園女御』
詞章
弓矢取りはやさしかりけるものをとて、さしも御秘蔵と聞こゆる祇園女御を忠盛にこそ下されけれ。この女御はらみたまへり、女御の産めらん子女子ならば朕が子にせん、男子ならば臣が子にして、弓矢取りにしたてよと仰せけるにすなはち男を産めり、事にふれては披露せざりけれども内々はもてなしけり。

平家物語巻第六『祇園女御』現代語訳あらすじ

※平曲の譜面『祇園女御』から書き起こした文章を現代語訳にしています

昔の人が言うことには清盛はただの人ではなく、白河院の御子であるという。その理由は次のようなことであった。その昔永久年間のころ、祇園女御と呼ばれる寵愛を受けた女性がいた。その女房の住まいは、東山の麓祇園のあたりにあったという。白河院は日頃からしばしばそこへお忍びでお通いになっていた。あるとき、殿上人を一二人、北面の者を少しばかり供に連れひそかに御幸があった。時は五月二十日過ぎ、まだ宵の頃で五月雨が降り続き、あたり一面がうっとうしく薄暗い折であった。件の女房の宿所の近くに御堂があり、その堂のあたりから突然光るものが現れた。

頭には白銀の針を磨き立てたようにきらめくものがあり、左右の手と思しきものを差し上げている。その姿を見ると片方の手には槌のようなものを持ち、もう一方の手には光る物を持っている。まことに鬼の姿のように見え、「これは本物の鬼ではないか。手に持っているのは、あの打ち出の小槌であろうか」と思われ主君も臣下も大いに恐れた。その時、忠盛はまだ北面の下臈であったが御前に召され「この中では、そなたが適任であろう。あの者を射殺すなり、斬り伏せるなりして、討ちとどめてまいれ」と命じられた。忠盛はかしこまって承り、御前を退出した。

忠盛は内心「あれはそれほど猛々しいものには見えない。きっと狐や狸の化けたものだろう。これを射殺したり斬り捨てたりするのは、後で悔やまれるに違いない。生け捕りにしよう」と考えて近づいていくと、光がさっと現れては消え、またさっと現れては消えることを二三度繰り返した。忠盛は一気に駆け寄りむずと組みつくと「これはどうしたことだ」と騒ぎになる。それは化け物ではなく、人間であった。上下の者たちが火を灯してよく見ると六十ほどの法師である。この法師はその御堂の承仕で、灯明を供えるため片手には油を入れた手瓶を持ち、もう片手には火を入れた土器を持っていたのである。

雨が激しく降っていたため、濡れないように小麦の藁を束ねて頭にかぶっていた。その藁が土器の火に照らされて輝きまるで白銀の針のように見えたのであった。事情が一つ一つ明らかになり、これを射殺したり斬り捨てたりしていたなら、どれほど後悔したことだろう。忠盛の慎重な振る舞いは、ますます評価されることとなった。「弓矢を取る者とは、まことにこのようであるべきだ」と感心され、たいそう秘蔵されていた祇園女御を、忠盛に下されたのである。

この女御は身籠っていた。白河院は「生まれる子が女子ならば朕の子とし、男子ならば臣の子として、弓矢を取る武士に育てよ」と仰せになった。やがて男の子が生まれたが、公にはされず、内々に大切に育てられた。やがてどうにかして世に知らせたいと思われていたが、なかなか良い機会がなかった。そんな折白河院が熊野へ御幸された際、紀伊国のいとが坂という場所で御輿を止め、しばらく休息されることがあった。そのとき忠盛は藪で掘ったぬかごを袖に入れて御前に参り、

「いもが子は　はふほどにこそ　なりにけれ」（芋の子は、もう這うほどに成長しました）

と詠み上げた。すると院はすぐにその意を悟られ、

「ただもりとりて　やしなひにせよ」（ただもり（忠盛）が引き取って、養い子としなさい）

とお言葉を添えられた。それ以来この子は我が子として扱われるようになった。この若君は夜泣きが激しかったため、院はそれを聞き、一首の御歌をお詠みになって与えられた。

「夜なきすと　ただもりたてよ　末の代に　きよくさかふる　こともこそあれ」 （夜泣きをするが、ただひたすら育て上げよ。末の世に、清く栄えることもあるだろう）

こうして、この若君は「清盛」と名乗るようになったのである。清盛は十二歳で兵衛佐となり、十八歳で四位の兵衛佐に昇進した。その素性を知らない人々は、「名門の出身者がこのような出世をするものだ」などと噂したが、鳥羽院は事情をよくご存じで「清盛の血筋は、誰にも劣るものではない」と仰せになった。

昔、天智天皇もまた、身ごもった女御に向かって「生まれた子が女子なら朕の子、男子なら臣の子とせよ」と仰せになり男の子が生まれた。その人物が多武峯の本願定恵和尚である。このような前例もあることから、末代においても清盛公が白河院の皇子として、天下の大事都遷しといった容易ならぬ事をも思い立ったのだと、人々は語ったのである。

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