平忠度|平家物語巻第七『忠度都落』現代語訳あらすじ

平曲|忠度都落(ただのりみやこおち)

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時間|7分37秒
物語|平家物語巻第七『忠度都落』
詞章
薩摩の守「今は屍を山野に曝さば曝せ、憂き名を西海の波に流さば流せ、憂き世に思ひ置く事なし暇申して」とて馬に打乗り甲の緒を締めて西を指してぞ歩ませらる、三位後ろを遥かに見送つて立たれたれば忠度の声と思しくて「前途程遠し思ひを雁山の夕辺の雲に馳す」と、高らかに口号み給へば俊成卿いとど哀れに覚えて涙を押さへて入り給ひぬ。
平家物語巻第七『忠度都落』現代語訳あらすじ

※平曲の譜面『忠度都落』から書き起こした文章を現代語訳にしています
平家一門が都を落ちていくさなか、薩摩守忠度はどこから引き返してきたのであろうか、侍五人童一人、自身を合わせて七騎で都へ戻り、五条の三位俊成卿(藤原俊成)の邸を訪れた。邸の門は固く閉ざされていたが忠度が名乗ると内では「落ち人が帰ってきた」と騒ぎが起こった。忠度は声を張り上げて言った。「三位殿に申し上げたいことがあって参りました。門をお開けいただけずとも、この門の際までお出ましください。」これを聞いた俊成卿は、「その人が忠度であれば差し支えない。門を開けて入れよ」と命じ対面がかなった。その場の空気は言葉に尽くしがたいほど物哀しいものであった。
ややあって、忠度は語った。「先年よりご無沙汰しておりますが、決してご恩を疎かにしていたわけではございません。この二三年は都の騒乱国々の乱れが続き、すべて当家の身の上に関わることで、参上することも叶いませんでした。すでに主君は都をお出になり、一門の運命も今日で尽きたと覚悟しております。以前勅撰和歌集の撰進があると伺い、生涯の誉れとして一首でも選ばれたいと願っておりましたが、世の乱れによってその沙汰も立ち消えとなり、それがただ一つの心残りでございました。」そう言って忠度は、日頃詠みためてきた歌の中から百余首を選び書き集めた巻物を、鎧の合わせ目から取り出し俊成卿に差し出した。
「もし後の世が静まり、再び勅撰の沙汰がございましたなら、この巻物の中に、もしお目に留まる歌がありましたら、一首でもお取り立ていただければ、草の陰にあっても本望に存じます。それは遠い御守りともなりましょう。」俊成卿は巻物を受け取り、「このような忘れ形見をお預かりした以上、決して疎かにはいたしません。それにしても、今このお別れは、あまりにも情深く哀れで、涙をこらえることができません」と応えた。忠度は、「今はもう、我が屍を山野にさらそうとも、不名誉な名を西海の波に流そうとも、この世に思い残すことはありません」と言い残し、馬に乗って西へと向かっていった。
俊成卿がその後ろ姿を見送っていると、忠度と思われる声で「前途程遠し思ひを雁山の夕辺の雲に馳す」と高らかに口ずさむのが聞こえ、俊成卿はいよいよ涙をこらえきれず邸内へと戻った。
やがて世が静まり、『千載和歌集』が編まれることとなった折、俊成卿はこのときの忠度の姿と言葉を思い出し託された巻物の中から一首を選んで入集させた。しかし忠度は朝敵となっていたため本名を記すことはできず「読み人知らず」として収められた。
さざ浪や志賀の都はあれにしを昔ながらの山桜かな(志賀の都は荒れ果ててしまったが、山桜だけは昔のままに咲いている。)
朝敵となった以上致し方のないこととはいえ、その名が記されなかったことは残念で悲しい出来事であった。
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